カザルスの曲が流れているが、スピーカーの大きさのせいか。
「濃い感じ、重みが違うような気がする。」と言うと、
「SG盤をテープに取ってもらったんだよ。」と先生。

連接間の一室に座ると、向こうの部屋の網代天井に、
宇治川の川面の煌めきが 反射している。
山の木々と庭木の若い緑色の葉は、窓枠いっぱいに溢れている。
微かに香るのは、伽羅だ。

ここに来ると、自分を振り返る気持ちになる。

蓄音機の音に限らず、日々の営みは 手間暇かけた昔の生活とは、
質が違っているのではないか。
その積み重ねで、人間も変わるなら大変なことだと、いささか
心許ない気持ちになる。

「大丈夫なんじゃないの?」
先生は笑って、いつもの答えとも受け取れる曖昧な返事をくれる。

20年のおつきあい。
この屋敷の佇まいは変化なく、私も常に元気溌剌で訪ねるのだが、
先生はめっきり老けられた。
けれど、何かにつけ『気』を励ましてもらうのは 私の方だ。

長生きしていただきたいと願う。私と5歳しか違わないけれど。

2003.0508