アサコと京都駅で待ち合わせて、地下鉄で金剛能楽堂へ行く。
駅のエスカレーターで、右側に並ぶよう袖を引っ張られる。京都は
左を上座とするので左側を空けるのだ。東京と大阪は同じなのに。
彼女は学生券三千円を「高っ」と言った。ウチの大学は、茂山狂言
がタダで上演されると自慢する。その学費を出しているのは私だ。
学生の頃、紫式部VS清少納言で、現代版”いとおかし・いとあはれ”
を創って遊んだ覚えのある私には、初めの「野宮」は、鼻白む粗筋
のせいか人生経験が浅いため酌み取れないのか、退屈極まりない。
源氏と疎遠になった六条御息所の寂しさはまだしも、車争いの怨念
を亡霊になっても引きずるとは、とうてい感情移入出来ない内容だ。
昼食のお寿司にうどんを追加したアサコは、既に熟睡している。
茂山千五郎・七五三の狂言「栗焼」になり、彼女は起きて鑑賞した。
「面白いなぁ!私、狂言だけでいいわ」なら、高いチケット代かも。
最後の能「黒塚」は、分かり易いストーリーとテンポの良いお囃子。
河合隼雄が「見られることの恥を極限までおしつめた形の表現」と、
書いているから深みのある動作に見えるけれど、単純に”見るなと
言われれば見るのは人の心理”の人食い鬼の童話としても楽しめる。
里女が鬼に変身して出てきた場面で、再び寝ていたアサコが起きる。
鮮やかでかっこいい装束だ。鼓の音に合わせて体を揺すっている粋
筋の女性もいる。ライヴだよね、これは。 地謡と四拍子が、
ピタっと一斉に鳴り止む。誰も微動だにしない。その静寂が、私の
心に神聖な空間を作った。今までの舞台がこの一点に凝縮され、眼
に焼き付いた仕舞の型が蘇り拡散されていく。よかったぁ観て!
2004.1028