「貴船・高雄は川床(かわどこ)料理、先斗町の河川敷にあるのは
同じ漢字でも床(ゆか)って言うのがホンマ」と京都の子は言った。

降りそうな梅雨空の下、先斗町の川床料理の一番安い店で皆と会う。

24年振りのIクンや10年振りのTさん、今夜初めて会う人もいる不
思議な集まりだった。北海道に住むIクンと「ぜ〜んぜん変わって
ないなぁ!」とお互いに言い合う。(私たち2人にはそう見えた)

4月に京都府立大生になったIクンの三男はナイスガイだ。”育て
たように子は育つ”というが、子供を見れば大抵のことが判るもの
なんだなぁと思う。家庭生活の成果でもあるのだと・・・。


大津に居た頃、Tさんの登ったヒマラヤ・ニルギリの写真を掛けて
いた。彼は3人のお嬢さんの誰かに「きしょい」(気色悪い)と言
われるそうだ。こんなハンサムで優しいアルピニストでも、そんな
目に遭うのですか!?一時期のことよと女の人たちが慰める。

Tさんは本業以外に、NPO法人『環境保全ネットワーク京都』のお仕
事もされている。「西安に植林しに行きませんか」とおっしゃった。


二次会は三条木屋町の「ヴィオロン」。Iクンがコインを入れたの
でジュークボックスから遊んでいた頃の曲が流れた。誰の歌だか思
い出せないのは、後から参加のUさんが到着したからだ。

会ったとすれば25年以上昔だ。記憶をたぐり寄せている間にどっち
でもいいかという気になる。過去だけを振り返るにはまだ早いもの。

皆と会って元気になった。私ももう少し頑張ろうっと。すっかり知
己の友人のような気持ちで、Uさんの車で駅まで送っていただく。

まるで、取り出した懐かしい一曲のような夜だった。

2006.0708