午後6時開演の40分前には着いた。多賀大社門前の葉桜になりかけ
ている大きなしだれ桜が風に揺れている。
人影はまばらだったが、せっかく早く来たのだからと能舞台の正面
席に陣取った。橋掛かり前の満開のしだれ桜。その下に雅楽の人達。
楽器と一緒に火鉢を運んでいたのは、後で笙を暖める為だと知る。
白とピンク色が混じった桜の花は、薪火が付くと朱色が加わって嵩
が増したように見える。と、同時に冷えてきた。黒橡色のきものに
鳶色の長羽織を重ねる。紺瑠璃のカシミアショールも巻く。ひとつ
上のTさんは、死ぬまで着られる地味な配色やねと云った。
まず、老若男女4人がひとりづつの小舞。特に最後の12歳くらいの
女の子の舞を美しいと思った。朴訥で一心に舞う姿に、長浜の子供
歌舞伎と同じような湖北の文化の厚みを感じる。
狂言”口真似”の太郎冠者は、主人の言うように客をもてなすのだ
が、一生懸命真似をするほどナンセンスな笑いを誘う。
昔からこのような奉公人と主人や客人が居たのだ。それはいつの世
も姿を変え、延々と生き続けているのが人間なんだなぁと思った。
雅楽の演奏は厳かだ。この音色を聞いて何十年何百年か咲いている
のだから、他の桜とは幾分違うのではないかと贔屓目に目を凝らす。
演奏が終わっての演目は”盆山”。泥棒に入ったシテは、主人が云
う動物の鳴き声をしてごまかそうとするが先刻バレている。最後の
「鯛」に困り「タイタイ・・・」と言いながら逃げ去った。
しばし非日常の世界に身を置くとトリップする。客席は野外、地面
に座った雅楽隊、400年くらいは遡った気分だ。
2007.0414