朝礼の間、タイトスカートの裾幅いっぱいに足をひろげて”休め”
の姿勢で立つ。揃えるとバレるから。
同じ形の革靴の、右足は焦げ茶、左足は黒を履いて来てしまったの
だ。母が旅行に行くと、私の朝はいつもの倍ほど忙しいんだもの。
誰にも気付かれず、運動靴に履き替えることができて良かったぁ。
さて、そんな私も今夜は「炉開き」なので、きものを着る。きもの
は誰をも例外なくおしとやかな人に見せる最大の目くらましだ。
紺と白と珊瑚色の草花模様の小紋に、珊瑚色の塩瀬の帯を締める。
初炭手前。”しめし灰”を思い切り使えるのが本番の良いところだ。
香合は”挽き臼”、お香は梅ヶ香。別室で先生お手製のぜんざいを
いただいて再びお席入り。露地を通り、にじり口より入る。
茶室は薄暗く、よく湧いた釜の湯の蒸気で暖かい。練り香の香りが
やわらかく漂っている。四畳半に客6人が収まる。
濃茶を練る静かなひとときは、はっとするほど時が浮き彫りになる。
慌ただしく過ぎる日常にも、こんな時間があったのだと。
障子1枚隔てた外の音が耳に入る。遠くの陸橋を渡る電車の音、火
の用心を呼びかける宣伝カーの声。あとは微かに虫の声。
最後は、金平糖やもみじを模った干菓子の”吹き寄せ”がまわり、
皆交代でお薄を点てる。一足早いお正月気分で和やかな雰囲気だ。
冷え込みを感じて雨戸を閉めに立った。さっきまでの街の音はすっ
かり消え去り、静寂と明るい月の光りが茶室を包んでいる。
きものの縮緬地は、肌寒くなってきた秋に心地よい重みだ。ゆった
りした気持ちになる。明日からは落ち着いた生活を送ろうと思う。
2008.1116