今年、テレビ番組で一番心に残ったのは、パミール高原で生活する
タジク族を取材したドキュメンタリー『天のゆりかご』だった。
300頭のヤギと暮らす一家8人を、一年間かけて撮影したものだ。
放牧地に向けて家族が大移動する12日間は過酷だ。標高5000mの峠
越えや激流を渡る。幼い子供たちも一日10km〜12km歩くのだ。
しかし、野宿はたいそう魅力的にみえた。鮮烈な赤と黄・濡れたよ
うな緑・濃い空色・金色など多彩な色模様の蒲団。これを幾重にも
重ねて寝床を作るのだ。中身は羊毛、あるいは羽毛だろうか。
月明かりの下で寝る子供たちは、どんな夢を見るのだろう。
鮮やかな民族衣装と寝具には、文化と歴史が凝縮されているようだ。
年老いた家長の帽子には威厳があった。焦げ茶色の古びた山高帽は
四六時中被っているせいか、顔と一体化している。人格や民族とし
ての誇りを、帽子が形成しているのではないかと思うほどだ。
21歳の娘シレーンが、親の決めた隣村の青年へ嫁ぐ日が来た。美し
い衣装で花嫁に仕立てられていく。けれど、時々泣き顔に。密度の
濃い生活を送っていた、甥や姪を含む家族との別れだもの・・・。
当日、何頭ものラクダを連ねて花婿の親族たちが迎えに来た。
花婿は色白で細面の男性だった。シレーンは花婿のラクダに乗って、
大草原を去って行く。いつまでも見送る家族。人さらいみたいだ。
いち早く視線をはずし煙草を吸う家長は、帽子を矜持としてそこに
居た。こうして、どんな時も矍鑠としてやり過ごしてきたのだろう。
子守歌の”月の砂漠”で幼心に連想した世界が今も存在する驚きと、
標高3000mの大気に身を置くような印象を受けた番組だった。
2008.1208