会社の庭の手入れをしてくれているワタナベさんが、手招きをする。
「鹿が食っちゃうんだ」と指差したのは、数本の薔薇の木だった。
水仙と土筆は鹿の好みに合わないようで、手付かずに残っている。
サツキの生垣は、鹿の口が届くところまで、若葉がなくなっていた。
花の咲く頃には、花の部分と剥げた部分に分かれるのだろうか。鉢
の置き場を工夫して、食べられないように苦心していると言った。
四月に入っても雪の降る日があった。桜の開花も今年は遅い。立ち
寄った京都のホテルのロビーで、思わず足が止まった中川聖久の書。
『舞姫のかりね姿ようつくしき 朝京くだる春の川舟』かな文字の
”くだる”の部分で川の水飛沫を連想する。舟まで思い描ける。
『うすべにに葉はいちはやく萌えいでて 咲かむとすなり山桜花』
歌はもとより、濃淡の墨に、行間に、春を感じた。
お茶の稽古の当番日に、蕾の固い桜の枝、花を少しつけた菜の花、
下を向いた白い鈴蘭を、信楽焼の”うずくまる”に活ける。
同じく信楽焼きの杉本祐の水指を置く。家では気持ちの余裕がなく、
箱から出す気にならなかったので、初使いだ。造形の斬新さを、先
生も喜んでくださった。持ち易く、それでいて安定感と風格がある。
稽古が終わると、妹はこれから京都へ行くと慌てて帰った。大学に
入学した娘の下宿まで荷物を運ぶらしい。
ひとり残った駐車場には、地元のそれより一ヶ月早く咲くという寄
贈の河津桜が満開だ。遠くに那須ヶ原山が見える。
手前の山々は、陽の傾き加減か、咲く前の山桜のせいか、薄紅色に
染まっている。
2012.0408