薄縹(うすはなだ)色の紬の反物が、桐の衣装箱の底にある。
仕立てを単衣にするか袷にするかで悩んでいるうちに数年が過ぎた。
月と兎の絵の背紋が、どちらにするか決めかねている要因だ。
月兎の柄は中秋の名月にぴったりだから単衣にすれば良いのだが、
六月にはふさわしくないので、着ることが出来るのは九月の一ヶ月
だけになる。
かと言って袷に仕立てても、十三夜の十月の一ヶ月だけだ。つまり、
月を愛でる九月と十月にわたって着ることは出来ない。
暑さを逃すために、背中の裏地を付けない“背抜き”にすれば、二
ヶ月とも着れるのではないかと、着付けの先生のTさんに相談する。
Tさんも同意してくださって、来年の秋こそは仕立てようと思った。
ところが、お茶の稽古に集う諸先輩方の話を聞くうちに、この案は
あっさり諦めることになる。
九月も10日頃までは、夏の帯締めと半衿の絽が許されるけれど、後
半になると袷用のそれを用いなければいけないとか、単衣でも襦袢
が袷の人がいたなど、きもの通からみれば、単衣・袷は鉄則で、季
節の決まりごとが何より重視されるということが分かったのだ。
絽の半衿を付け、冠組(ゆるぎ)の帯締めをしていた私は、思わず
襟元を押さえて聞いていた。
月見草のような明るい黄色を八掛にして、群青色の空に浮かぶ月を
連想するってのはどうかしら。いや、月にしては黄色の分量が多す
ぎる。帯揚げほどで丁度良いのでは。というわけで、単衣に決めた。
この先、何度袖を通せるか。来年からせいぜい月見に着ようと思う。
2012.0923