無声映像のビデオは、昭和40年の60歳を過ぎた頃の棟方志功が、もの
すごい早さで、絵を描き上げる様子を映していた。

左目を失明して右目が極度の近眼だったため、舐めるように顔を近づ
けて描く。小学生の頃にテレビで見たのか、記憶にある情景だ。

隣で、眼鏡をかけたふくよかな奥さんが、棟方のために墨をすってい
る。お馴染みの女性像は、この奥さんがモデルだったのだなと思う。

大胆に勢い良く描いたと思えば、素早く筆の先を舐めて、紙上の女性
の顔の一部分に繊細な筆を入れる。自由闊達に至近距離で描きながら、
構図がピタリと決まっている。


京都・北白川の個人邸宅で使われていた、棟方志功が水墨や彩色画を
自由に描いた襖や納戸、扉、板戸などが一挙に公開されている。

板戸にびっしりと『いろは』の仮名文字。葉の緑と幹の黒が印象的な
樹木の襖。女性の顔と花を丸紋に描いた襖。冒頭のビデオの、手拭い
を頭に巻いて、さぁ描くぞ!といった無邪気な笑顔が、思い返される。

家中のあちこちに描くのは、どんなに楽しかったことだろう。

「乾坤無妙」と、一文字づつ大きく書いた襖絵墨書は、圧倒される力
強さと面白さだ。


別コーナーに土門拳撮影の、庭先にある甕の上に立ち、鷹のポーズを
とる棟方志功の後ろ姿の写真があった。ブカブカのズボンをベルトで
とめたオジサンのするポーズじゃない。でも、鷹の全てを身体で表現
するところが、棟方志功たる所以だ。

その写真の横に、太い脚を地面に踏ん張り、大きな羽根を水平に上げ、
前をしっかり見据える鷹の絵は、私を励ます。

2013.1008