30年前、アメリカ土産にもらったコティの口紅は、塗るとたちまち
腫れ上がり、唇はタラコのようになった。
そんな状態で話す私に、隣の奥さんはこともなげに「それ頂戴。私
は化粧品にまけたことがないから」とおっしゃった。
以来、貰う海外ブランドの口紅は、溜まっては人にあげたし、自分
で求めた国産の口紅でも、飽きてしまい捨てた事が幾度もあった。
成分が良くなったのか、普通肌になったのか、かぶれなくなったの
で、海外旅行の際に口紅を購入するのは、愉しみの一つとなった。
去年2月、ハワイに出発する前、家族での旅行が久しぶりだったこと
もあり、嬉しくて、いつもより華やかな色を選んだ。明るいピンク
色は、強い陽射しと軽い服装のせいか、思いのほか馴染んだ。
ちょうど一年、一本の口紅を最後まで使いきったのは、つけるたび
に、開放感のあった数日の想い出が蘇ったからだ。
気に入ったモノを最後まで使う爽快感を知ったせいか、先日の震災
追悼式に際して、伊吹文明さんが『豊かな中での慎ましい暮らし』
を薦めたコメントが、とても印象に残っている。
今年80歳になるSさんは、袷の時期はたいていグレーの濃淡の細か
な市松模様の小紋をお召しだ。『終活をしているから、もう袖を通
すことのない着物は、どんどん人に差し上げている』とのこと。
実際、着物に限らず、手にする頻度が高いのは着心地がよいものだ。
Sさんと違ってまだ物欲はあるけれど、これからは永く使うことを
基準に、厳選して購入しようと思う。そして、それらを愛しむ丁寧
な生活を送っていきたい。
2014.0318