むかし、私の住む町では、葬儀で喪主の妻は白無地の着物を着るの
が恒だった。20年以上前の親戚の葬儀では見かけたけれど、いつの
間にか、その風習は廃れてしまった。
生涯で一、二度しか着ないものを誂えるのは、経済的でないという
世情に従ったからである。この話で母は、その着物を私のサイズで
作っていたことを思い出した。
タトウシの隅に「平成5年」と書いてあり、中にはシミひとつ無い
長浜縮緬の着物と、塩瀬の白地の帯があった。何色に染めようか。
愉しい思案は半年ほど続いて、照準を“茶系”に合わせた。持って
いなくて、これから茶事で重宝する色を念頭においた。
悉皆屋の四代目である芦田さんは、付け下げにつけた母乳のシミを、
30年経っているにも関わらず、いとも簡単に消してくれた事がある。
染めの相談をすると、早速、三冊の色見本帳を持って来て下さった。
黄色が多い焦茶は寂しい感じ。紫が多いと気品がある。赤みが多い
と華やかだ。“百塩茶”のような色に決める。
次に、一つ紋を刺繍で入れたい旨を伝える。結婚すると相手の家紋
にする人もいるが、私も母も代々母方の紋を入れている。
芦田さんから「染め抜き紋には、日向紋・中陰紋・陰紋とあるが、
どれになさいますか」と聞かれる。刺繍のバリエーションは数種類
あるのだ。また、その刺し方にも幾種類かあるという。
「芥子縫い、まつい縫いのどちらにされますか」と再び問われる。
着物一枚で、勉強になるなぁ。結局、全て芦田さんに任せることに
した。出来上がりは、炉開きに間に合えばと希望を述べる。
2014.0513