夜更けに枕元の灯りを付け、雨音を聞きながら『高丘親王航海記』
を読む。
毎夜一編づつ。同行者のように、私も船に乗り込む。
親王(みこ)は二人の僧を従者として船で天竺を目指すが、途中、
幾度か難破して、東南アジアの島々に上陸する。そこで起こる不
思議な出来事。
と言っても、大半がみこの夢の話であったり、幼少期の思い出話
だったりするので、航海記として進んでいるのかわからない。
ある港で命乞いをする少年を助け、秋丸と名付けて一緒に連れて
行くことになる。
ある夜、みこの奏でる笛の音色に海原から頭を出したのは、儒艮
(ジュゴン)だった。陸に上がったジュゴンも同行する。
秋丸から言葉を教わりながら旅を続けるが、熱帯雨林を行くうち
に体力が衰え、ジュゴンは死に際に、言葉を教わった礼を言う。
ジュゴンの住んだ海。人間に表現する手段を知った彼は、何を話
して、どんな表現をしただろう。
秋丸は、実は少女だったことが分かる。春丸と名付けられた鳥は、
鳥に憑依した秋丸ではなかったか。みこに影響を与えた薬子。想
い人は、人生の同伴者となるのだと思った。
”虎に食われた肉体は天竺に行ける”と信じたみこだが、今ごろ、
魂は自由に行き来しているのではないか。人間と動物、男女や生
死を越えた世界観は、宇宙と繋がって闇に溶け込む。
ジュゴンになって泳ぐ私は、深く広い海の中で眠りに落ちていく。
2014.0608