月ヶ瀬梅園近くの道は、両脇に大きな梅の実がたくさん落ちていた。
甘酸っぱい香りが漂っている。梅雨の晴れ間は盛夏の陽射しだ。
前方に、青空を背景にして山の中腹に何軒かの屋根が見えた。あん
な高い処に集落があるなんて。ちょっと寄り道していこうかな。
集落の入り口のバス停に「桃香野」とあった。今の季候にぴったり
の名前だ。『国の重要文化財・菊家家住宅』の看板を見つけたので、
とりあえずそこを目指した。
クルマが一台通れるだけの曲がり角の多い急な坂を上って行くと、
家屋が連なっていたり、片方は崖だったりした。細い小道は各家に
続いている。筍を採ることもないのだろう、竹が密生して空高く伸
びていた。生花の教材のハランが自生しているのも初めて見た。
毎日素晴らしい景観だろうなと、濃淡のブルーの紫陽花が群生する
崖の上の家を見上げる。山の木々の間からは下の集落や川が見えた。
土壁の家屋や畑の地生えの農作物の様子は、いつの時代に迷い込ん
だのかと凝視してしまう。誰かに聞こうにも人影さえない。静かな
時間だけが流れている。
やっと"菊家家"の前に出た。江戸中期の建物で旅籠屋だったようだ。
少し歩くと、外壁が黒の四角いモダンな現代建築の家が視界に入っ
た。江戸と平成の建物がご近所って面白いなと思う。
それに澄んだ空気というか、とても良い気が満ちていると感じた。
たぶん江戸時代の泊り客も私と同じように「ここは日本の桃源郷で
は・・・」と思ったのじゃないかしら。
奈良市内が目的地だったけれど、寄り道の方がうんと印象に残った。
2016.0628