初雪が木々に降り積み、傍らの鹿は山を見上げている。
縦の空白を存分にあけて上部に薄く描かれた稜線は、遠くて高い山
を想像させる。雪かしぐれもようの視界の悪い空にも思える。鹿は
情緒のある眼をしている。淡々斎の絵の先生で奥谷秋石の軸だ。
「掛けるのは10月11月に限るそうよ」と先生がおっしゃる。初雪と
鹿の取り合わせのためか、季節を先取りする慣習によるものか。
10月最後のお茶の稽古は、風炉の最後でもある。
お床の花は酔芙蓉。朝は白色、午後から淡いピンク色に、夕方には
濃いピンク色に変わる。八重の酔芙蓉の妖艶さと、冬の厳しさを示
唆する軸は、なんて秋の終わりに相応しい取り合わせだろう。
主人が、信楽に喫茶・ギャラリーを開いた方と知り合ったというの
で連れて行ってもらった。十年以上前に、京都・清水の『嘉祥窯』
の先代がオーディオルームとして作られたそうだ。
瓦を軒下の地面に埋めて雨水を逃す工夫や、古いお寺を移築された
造作が素晴らしい。窓からは一面の雑木林が見える。室内のオーデ
ィオから音が空気に溶け込むように拡がっている。
大きく描かれた円は、強く静かに訴える。墨の濃さに深さを感じ、
空白の部分が宇宙ほどの広がりに見え、雨に濡れた黄紅葉の葉に眼
を移しては円に戻る。
当代のご主人作のカップでエスプレッソを。奥様手製の林檎のタル
トを口に入れる。甘く煮込んだ季節の果実。・・・ここは茶室だ!
果たして奥様は"江戸千家流"を習われていた。「ここで立礼をしよ
うと思ってます」とおっしゃる。是非、と大きく頷く。
2016.1031