前がいつだったか思い出せないほど、何年かぶりに風邪をひいた。
くしゃみと鼻水、頭がぼんやりしてくる。こんな感覚は久しぶりだ。
あくる日は今年最後のお茶の稽古日。朝にも風邪薬を飲んだ。紺地
の縮緬小紋に、黄土色の瓢箪柄の帯を締める。締めつけるのが嫌な
ので紐の数を減らした。きものって本来ゆったり纏うものだもの。
行きのクルマは後部座席に座って良く晴れた冬の景色を眼で追った。
障子を通して入る陽射しが茶室全体を柔らかく照らしている。
今日の稽古は、唐物と和物に入った二種の濃茶を点てる『大円の草』
だ。座ったままの移動が多いので、膝辺りが肌蹴がちになるのが気
になる。これも練習次第で難なくこなせるようになるらしい。
昼食時は皆で初釜のことを話しあう。午後はお茶をいただく番だ。
愛らしいそら豆の形は鶴屋吉信製の白餡の菓子。隣の方のきものの
波の地模様に見入ったり、親鸞聖人直筆(コピー)の掛け軸の字は
"はね"に特徴があるので自己顕示欲が強い性格ではと思ったりする。
八畳の間に炉が二つあるので、火がいこっていると部屋中の温度が
上がる。身体は薄い絹や綿で幾重にもゆるく包まれて、繭の中のよ
うに居心地良い。だんだん風邪の抜けていく感覚がした。
濃紫色の紐の結び目が見えにくくなる頃、灯りがついた。
点前は癖を嫌う。左手で取る柄杓に右手を添えて構える処がある。
83歳のSさんは、添える時ほんの少し右手が丸く弧を描くのを気に
された。すると先生が「Sさんの(その所作)は枯れた味わいがあ
るので、直さなくてよいですよ」とおっしゃったのが印象的だった。
極僅かのことが、風情になったり野暮になったりするのだなと思う。
2017.1218