京都の料亭で、私たち夫婦の還暦祝いを子どもたちが開いてくれた
のは、ちょうど京都の桜が満開の時だった。
私は薄いピンクとグレーの点描の色無地を着て行こうと決めていた。
華やかな席に相応しく、それから、このきものの想い出のために。
先に着いたので部屋で待っていると、三三五五集まってきた。母と
一人の孫と四世代が皆で揃うのはこんな時くらいだろう。
部屋に活けられた桜、庭の小川に二つ三つ浮かぶ紅白の椿。料理の
筍と鯉、タラの芽やコゴミだけではない。女将と仲居の塩瀬の帯、
黒蜜のわらび餅のツルっとした感触、それらのどこにも春を感じた。
夕餉のひと時が終わって、円山公園へ夜桜見物に行くことになった。
暑くも寒くもない、春の宵に相応しいやわらかな大気だ。公園は人
出も多く夜店も出て賑やかだった。ぞろぞろと連れだって歩く幸せ。
母はベビーカーを押す方が歩きやすそうで至って良かった。
円山公園のしだれ桜は、こんなにも豪勢で妖艶な大木だったか。
長女が「あの枝は、白いワイヤーで吊ってるらしい」と言うから、
ついワイヤーをさがしてしまった。興ざめとはこのことだ。
ライトアップされた桜の木々の間に見える高台寺の山、その頂きか
らおぼろ月が顔を出した。参道を歩く観光客から小さな歓声があが
る。まるで日本画のなかに居るような風景だ。
二寧坂まで歩くうちに、おぼろ月が白さを増して、次第にくっきり
と輪郭を見せている。
こんなに存分に桜を観たのは久しくなかったことだ。たぶん、今夜
の桜は一生忘れないだろう。
2018.0408