リクエストの声に応えて、バド・パウエルの『ルビー・マイ・ディ
ア』をあっさりと美しく弾きこなすクニ三上に「すごい!」と心の
中で喝采を贈った。

東近江市にあるファブリカ村で午後6時に始まったジャズコンサー
は、夕闇せまる、青から群青色、濃紫へ刻々と変化する空の色が
北窓のガラスから照明のように見えた。

マネージャーは「ピアノは調律しなくていいの。少しのズレは、彼、
味にしちゃうから」とおっしゃって、かっこいいなと思った。

先日FMラジオでも、海外在住のクラシックのピアニスト(老齢の男
性)が「演奏地ごとの教会なりホールなりのピアノと、練習で仲良
くなって、本番にはピアノとの"共演"を愉しむのだ」と話していた。

名人とはこのような人たちを指すのではないか。

吉田兼好の『名人は鈍刀を使う』を、「よき細工は少し鈍い刀を使
う」という解釈でなく、本当は「砥いで砥いで、刃が薄くなるまで
使いこなした刀」という意味と知った時には合点がいったものだ。

しかしここにきて、名人に注目すべきだったと気付く。名人は特に
秀でた道具でなくても力を発揮できるのだと。


クニさんは11月に決まった「かまーとの森」の演奏会の下見のため、
移動途中にお寄りくださった。夕食のあと、アップライトピアノを
弾きながらの軽い打ち合わせ。

ピアノの音色は豊かで、店の隅々まで行き渡る。暗闇のなか、隣の工
場も耳を澄ませている。「PAは要らないね」「いいピアノだ」。
最後の曲は『ラグタイム』。楽しい予感が拡がる。

2019.0528