中村安希著『もてなしとごちそう』を、食卓のヒントになればと手
に取ったのは、大きな間違いであることに気づいた。開高健を連想
させる骨太の本だった。特に「九年越しの食卓」は印象深い。
2007年、ヤンゴンで若くして両親を亡くし5人の弟妹を養い、3人の
子を育てる38歳のモモと知り合う。彼女は作者のアキを食事に招く。
決して裕福でない倹しい家で厚くもてなされる。スパイスを効かせ
た野菜炒めや、エビや卵の入ったカレーなど幾種類の料理と笑顔で。
まずアキが食事をし、「エビを食べ尽くしたカレーの残り汁で、育
ち盛りの子供たちが白米をかっ込む姿に耐え切れず」足を向けずに
いると、モモは人力車をハイヤーにして迎えに来るのだ。10日間の
タダ飯を食べ続けることが、モモの気持ちに応えることだった。
2015年、ミャンマーは「テイン・セインの九年」で国勢は劇的に変
化していた。ちょうど総選挙でアウンサン・スーチー率いるNLD
が勝利を収めた時、モモに会いに行く。突然の再会を喜ぶモモ。
更に子どもを産み、47歳になったモモは少しも変わっていない。再
び歓待が始まる。翌日の夜行バスの時間まで、二日間5食のご馳走。
野菜のヂャーやカボチャの葉っぱの炒め物ってどんな味だろう。
「アキ、スキ。」片言の英語で話し合う二人が、固有名詞「スーチ
ー」と口にすることが出来る時代になっていた。別れ際の「すぐに、
また来るよ」は、明るい未来が続くと思っていたからだ。
今年2月、スーチーは軟禁された。モモは又、スーチー復活を希望
としてるんだろう。手料理を食べるのは、その人の懐に飛び込むこ
とだ。全編通して、精神的にも肉体的にも中村安希のタフさに驚く。
2021.1008