まだ残暑が厳しい奈良の朝九時半に、浮見堂のある鷺池で『貸しボ
ート30分1000円』
のボートに乗る。

池は細かな浮き草がびっしり蔓延っていた。浅瀬で、鷺と鹿が餌を
ついばんでいる。橋の下の影に入ると水面に渡る風が涼しかった。


新薬師寺へ向かう。『大和古寺風物詩』だったか、寺へ至る小道
に住宅が建って、鄙びた古都の風情が失われつつあると嘆くが、今
でも随所に時代の分からない土塀が残っているのはすごいなと思う。

一歩境内に入ると、はるか昔のままの空気が流れていた。

十二支神将像。この迫力ある像の一体一体に見入る。それから別棟
でビデオ解説を見た。神将像に残る色柄に、CGを使い彩色を再現。
極彩色で多くの模様を施した像は、最先端ロボットのようだ。その
残像を目に残しつつ再び庫裡に戻って、もう一度神将像を見て廻る。


近くの志賀直哉旧邸にも足を延ばした。浅学につき、志賀直哉の著
書を思い出せない。「三島由紀夫と志賀直哉は二人して太宰治が大
嫌い」が記憶にあるだけだ。『暗夜行路』の文字を見つけるが、こ
れも他のどれも読んだことがない。興味を失い、帰りたくなる。

ところが、親切な男性学芸員が付き切りで解説してくれるので、最
後まで鑑賞することになった。志賀直哉自ら設計し、9年間住んだ
家は、6人の子どもと奥さんが快適に過ごせるよう配慮されていた。

志賀直哉を慕う文化人の集まりを高畑家サロンという。その写真の
面々を見て「皆さん、遠くになられましたね」という感慨に耽る。


それから若者の多くが訪れる猿沢池周辺を歩いた。奈良は、天平時
代から現在まで、時空を超えて行き来できる不思議なところだ。

2022.0918