古事記塾終了後、今野先生らと一緒に歌のレッスンを受ける予約を
したのは、そのまま皆と別れるのは惜しい気がしたからだ。
だが、歌の江藤ゆう子先生宅に着く頃には、とても後悔していた。
カラオケに行くことが殆どなかった私には、唄う歌が思いつかない。
ピアノ伴奏で、各自選んだ歌を指導してもらう個人レッスンだった。
今野先生が『無法松の一生』を歌われた。それは私の幼い頃、リン
ゴ売りのトラックが流していた曲だ。突如、映像が浮かぶ。おじさ
んの笑顔と大きくて赤いリンゴが、リンゴの香りと共に蘇った。
それから数曲、今野華都子の世界に惹き込まれて、自然と笑顔にな
った。多少音程は外れても、堂々とした歌いっぷりに勇気をもらう。
皆は中島みゆきを歌う人が多いけど、どれも歌えない。喜代ちゃん
が「私なんか琵琶湖周航の歌から始めたのよ」と励ましてくれる。
私の番になる。25年前の婦人会で唄わされた島倉千代子の曲にした。
セリフも言う。「かわいい声!」とギャラリーから。ところが江藤
先生が「キーを低くして別の歌を」と言われた。それじゃあ、さっ
き先生が歌われた『好きになった人』を。『無法松の一生』も唄う。
小学生の頃に戻った気分だ。楽しい。当時の歌なら唄えるわ。
「腹の底から声を出す」。低音の歌のほうが合っているとのこと。
江藤先生に促され、美空ひばりの『真っ赤な太陽』、『お祭りマン
ボ』。レッスンではなくて、ひとり宴会みたいになってませんか?
席に戻ると今野先生が「私も可愛い声で講演してたんだけど、今は
地声よ」と手を差し伸べて握手をしてくださった。どうやら、私は
先生と同じ道をたどって殻を破ったようだ。
2025.0308